メニュー

私の師匠(学生時代から研修医を経て現在) 続編

[2025.08.21]

40年以上前になりますが、医学部を卒業 国家試験の後関西医大耳鼻科の医局に

入局しました。近年は研修制度の変革により初期 後期研修後入局と私たちの

頃とは異なります。昭和の時代の研修医のお話です、6回生の夏頃よりクラブの

勧誘合戦のようで 当時は今のように確立された研修制度は存在せず入局する時期は時期はすぐに指導医と言われる先生の元につきます。

私の場合学生時代柔道部だったので、耳鼻科の医局に先輩がおられ、その先生の

指導を受けることになりました。4年上の先輩は二人おられ F先生 K先生です、

K先生は留学等で当時医局を離れていたので私の指導医はF先生と決まりました。

現在の研修制度の様に確立されたマニュアルは無く師匠と弟子のような

関係でした。その研修医の診察スタイル 手術の手際を見ると誰に教えて

もらったのか判るという案配です、一番最初の指導医の言葉は (大学病院という

バックがあるから製薬メーカーの幹部でも君に頭をさげるが自分の立場を

誤解してはいけない、一年目のぺーぺーの立場を忘れないように!)でした、

学生時代から柔道部の先輩として体育会系のイロハを、研修医としては基礎を

一から指導していただきました。その後は大学院への入学や医局派遣の転勤等で

直接の指導は少なくなりましたが私自身の開業前、その後も様々相談に乗って

いただい手います。時期は異なりますが私も高知県立安芸病院に赴任した折り

銃免許 船舶免許を取得しました。

もう一人のK先生は大学院生の時医局の研究発表会(年に一回研究成果を発表する

会があります)で私の場合まだ研究の進展がなく今回は辞退し教授に教授に

申し入れたのですが前回と同じ内容で良いから発表するように言われました。

固辞したのですが認められずそのまま発表会に臨見ましたが、教授からは 

(前に聞いた 他に無いのか)と叱責を受け話が違うと

怒りがこみ上げてきました。医局に戻り 

”大学院やめる 学位もいらない”と

怒りまくっているとK先生がさっきの場面は教授が悪い 折角研究が無駄に

なるし基礎の教室にも悪いから考え直せと アドバイスを受けました。

(実はK先生は当時の教授のご子息です)その後研究もまと予想予想以上の

雑誌にアクセプトされ学位を頂くことが出来ました。もちろん昭和の時代

でしたので下手くそ 医者やめてしまえ等叱咤激励を受けたこともありました。

私は素晴らしい先輩に恵まれ、これまでやってこれたと思っています。

感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます、

今後ともよろしくお願いします。

       2025 令和7年8月

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME